クリエーションと子育てを両立するために。世界的コレクションブランドから独立したデザイナーが語る集中できる環境づくりの重要性。 | sitateru Magazine
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INTERVIEW

クリエーションと子育てを両立するために。世界的コレクションブランドから独立したデザイナーが語る集中できる環境づくりの重要性。

福光屋 高坂純子氏

国内外でデザインを学んだ後、世界的に評価の高いハイファッションブランドでパタンナーとして勤務した経験をもつデザイナーの高坂純子氏。2011年からフリーランスとなり、現在は企業やショップなどのユニフォームや、マリンウエアブランド「ヘリーハンセン」のウエアデザインなどに携わる。私生活では二児の母親でもある。昨年10月、第二子の出産を間近に控えたタイミングで、以前から交流のあった金沢の老舗酒蔵「福光屋」から従業員の作業服をプロデュースしてほしいという依頼が飛び込んできた。その時、高坂氏は育児との両立を考え、sitateru(シタテル)のプラットフォームを使い製作を進めたという。

福光屋 ワークウェアデザイン二人目の妊娠・出産が転機に

高坂氏にユニフォームのプロデュースを依頼した福光屋は、1625(寛永2)年創業の金沢で最も長い歴史を誇る酒蔵だ。2014年、蔵人の作業服をプロデュースして以来、発酵研究所の研究員や酒蔵案内人のユニフォームも高坂氏が手がけてきた。今回のオーダーは、酒の瓶詰めを行ったり、完成した商品を運搬する作業員のためのエンジニアジャケットを作ってほしいというもの。しかし、そのとき高坂氏は妊娠9ヶ月。第二子の出産予定日まで1ヶ月ほどしかなかったため、出産前後のことを考慮して、自身はデザインだけに集中できるようsitateruを利用することに決めた。

「一人目は保育園に通っていたので、ヒアリングからデザイン、生産管理までを一貫して請け負うゆとりはあったものの、二人目を妊娠して以降、『一度このやり方から離れないと今後大きな仕事を回してはいけない。生産管理を請け負ってくれるところと一緒にやってみたい』と思うようになりました。sitateruに決めたのは、自分のそれまでのスタイルを崩さずに、助けてもらうことができるとわかったから。私は、紙の上にデザインを描くだけではしっくりこなくて、実際にトワルを組みながら進めていくタイプのデザイナーなのですが、自分でパターンに起こす余裕はないとわかっていたので、コンシェルジュの方にトワルでざっくりと組んだものをパターンに起こしてもらえるかどうかを尋ねました。すると『できますよ』と言ってもらえたんです」(高坂氏)

トワル | sitateru(シタテル)

信頼のおけるオーガナイズと予想外のメリット

今回のプロジェクトでは、まず高坂氏が作った資料をもとにクライアントと方向性をすり合わせ、イメージが固まった段階でその内容をsitateruと共有。その後、sitateruに紹介してもらったパタンナーにイメージやシルエット、サイズなどの情報を伝え、微調整して仕上げていった。もちろん生産管理もsitateruに任せた。

「作るものがエンジニアジャケットということで、メンズ専門のパタンナーさんや、ジャケットの縫製が得意な工場さんと繋いでもらったと思うんです。そこは信頼していたとおりでした。あとは、個人事業主の私では取引できない生地屋とも、sitateruさんを通すことで取引ができたのはよかったです。お金を立て替えるにも数によっては膨大な金額になってきますし、すごく助かりましたね」(高坂氏)

福光屋ワークウェア

「sitateruを使えば、デザインに集中できる環境が作れることがわかった」と高坂氏。今後、子供の手が離れるまでの数年間は、sitateruを活用しながら、クリエーションを続けつつ、その先の準備を進めていきたいと話す。

「ベルリンから日本に戻ってきたときに、素晴らしい工芸や産業があるにもかかわらずそれを活かせていない感じがもったいなく感じました。素材や技術に特化した服作りに興味があるので、ユニフォームから派生するスペシャルなセミオーダーシステムを生み出したり、その地域でしか作れない素材を使ったりできたらいいなと。ファッションはトレンドがあって流れも速いですが、普遍的なものやデザイン性が面白いものをブランドとしてやっていきたいです」

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text by Hiromi Kajiyama

photo by Ryosuke Iwamoto

2017.10.16

ファッションデザイナー

高坂 純子氏

1976年富山県生まれ。 金沢美術工芸大学商業デザイン学科卒。在学中に独学で衣装制作を開始し、卒業後渡独、ベルリンに活動の拠点を移す。ベルリン芸術大学に入学後はファッションデザイン学科 ヴィヴィアンウエストウッド指導クラスにてDiplom修得、卒業。スウェーデン、ストックホルムにてモデリストや北欧アンティークバイヤーとして活動する。2007年に帰国後、コム デ  ギャルソン入社。コレクションブランド、インラインブランドのパタンナーを経て、2011年よりフリーのデザイナーとして活動開始。現在は、フリーランスで企業やショップなどのユニフォームや、マリンウエアブランド「ヘリーハンセン」のウェアデザイン、テキスタイルデザインにも携わる。

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